(第40回)銘柄を選ぶリスク


黒田電気の信用買いで大きな損を出したお客様に久しぶりに電話したら、「知り合いはみんな、株をやめて投資信託にしているよ」と言われました。
それに対して私の口から出たのは、「その気持ち、分かります」という言葉でした。本当は、もっと強気な答え方をすべきだったのでしょうが、株を仕事にしている私にとっても、今年は株から逃げたくなるような毎日が続いています。
本来、株で損をすることに、投資家はかなりの抵抗力を持っているはずです。不動産バブルの崩壊も、ITバブルの崩壊も、デフレによる暴落も、多くの投資家がその苦しい日々を乗り越えてきました。しかし、今年ばかりは、精も根も尽き果てそうになっている人が少なくありません。
精根が尽き果てそうになる最大の理由は、自分は損をしているのに平均株価は堅調という事実です。市場全体が下がっているのなら、あきらめようがありましょうし、反騰するまで頑張ろうという気概も生じましょう。しかし、いま損をしている投資家は、銘柄の選び方によって平均的な相場とは別に損をした形になっています。
加えて、値下がりがものすごい率になっている銘柄も多く、安値だと思いナンピンしたところからさらに半分以下に下がっている例も珍しくありません。その苦しみを自分だけが日陰者になったような気持ちで背負うのは辛い限りです。


株価変動のリスクは、市場リスク(市場全体の水準が変動するリスク)と銘柄リスク(個別要因で変動するリスク)の2つに分解できます。
投資信託は、分散投資であることから、銘柄リスクは小さくなります。特に、インデックス投信に投資すれば、市場の変動のとおりに動くので、銘柄リスクはほぼゼロになるといえます。(厳密にいうと、日経平均やTOPIXが市場の水準を真に表しているのかどうかは疑問ですが)
昨年末の日経平均が16,111円ですから、日経平均に連動する投資信託を買っていれば、数%のプラスです。それに対して、第1部市場でも半分になった銘柄は数多くあります。新興市場では、個人投資家に人気があるIT関連銘柄は軒並み数分の1になっています。
日々の相場で見ても、減額修正して急落する銘柄が毎日のようにあります。増額修正で上昇する銘柄もあるとはいえ、今年の場合、リスク感のほうが明らかに勝っています。銘柄を選ぶことのリスクが痛烈に意識される状況の中で、株を持つことを止め、投資信託にしようと考える人が増えても不思議はありません。


ただし、経験的には、このような状態は長く続きません。
市場のうねりは、最終的にはリスクとリターンの均衡回復に向かって収斂していきます。リスクを回避する投資家が増加したとき、そのリスクの代償の価値は高まっており、結果的に大きなリターンにつながりやすいからです。
かつて、米国で、効率的(合理的)な市場では銘柄を選ぶリスクは余分なリスクで、そのリスクを冒したからといって、それに見合うリターンはえられない、だからインデックス運用が最善という理論が市場を席巻したときがありました。しかし、皮肉にもそのあとにやってきたのは、個別銘柄の躍動期でした。そもそも、インデックス運用をする人ばかりの市場では、銘柄間の裁定はありえず、企業の盛衰に即した効率的な株価形成は期待できません。市場に非効率さがあり、アクティブに銘柄を選択する人がいるからこそ、インデックス運用の成立する余地があります。


私は投資信託の残高が伸びることに反対ではありません。公的年金以外の機関投資家が厚みを持つことは、日本の証券市場のために歓迎すべきことだと思います。
しかし、多様な価値観が自由に飛び交う市場のバイタリティを維持するためには、機関投資家を経由しないで直接に投資される個人の資金が安定的に増加することが、もっと大切です。
その点で、現在の日本株市場は大きな正念場を迎えています。
インターネット取引の普及に伴う近年の個人投資家の増加は、一時的なブームにすぎず、ディーラーもどきに売買するのも素早ければ、株に見切りをつけて市場から立ち去るのも素早い人を増やしただけだったのでしょうか?
私はそんなことはないと思います。銘柄選びを放棄する人や、証券市場にあいそをつかして去っていく人がいる一方で、自分のスタイルで株式市場に踏み止まる個人投資家も多く存在し、将来の市場のバイタリティにつながっていくと考えます。

※来週はこの欄の更新を休みます。